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土砂災害防災のフィールド
ネットワークで繋がろう、広げよう

~言葉はわかりやすく、つくる輪は親しみやすく~

一般の方々に、土砂災害とその対策について理解していただくこと、またその理解を通じて防災意識を醸成・維持していただくことは、簡単なことではありません。私たちが砂防の広報に携わって30年以上、これまでに培った経験と知識を多面的に活かし、様々な活動の支援や資機材の提供を行います。

砂防フィールド
コミュニティ

スタッフの取材記録などを交えつつ、土砂災害を克服してきた各地の活動紹介や情報提供を行っております。
この場を通じて新しい発見や様々な交流が生まれることができれば幸いです。

「スタッフ - 土砂災害防止広報センター - Page 2 」記事一覧

防災士としての具体的活動紹介(埼玉県上尾市での事例)

令和元年12月15日(土)土砂災害防止広報センターの職員が防災士として埼玉県上尾市で開催された防災講習会で講師として参加しました。
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洪水のたびに逃げる商店~熊野川の川原家~

【川原家横丁】

「素人が1時間で建てられる家」があることを皆さんはご存知でしょうか?

和歌山県新宮市に流れる、熊野川の河口付近に、そのような驚きの家が数件並んでいます。
家々は「川原家横丁」と名付けられ、地元の特産品を販売する商店になっています。

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川原家横丁の横には、世界遺産に登録されている「紀伊山地の霊場と参詣道」の一つである「熊野速玉大社」の境内が広がっており、参拝に来た観光客で賑わっていました。

なぜ、このような場所に「1時間で建てられる家」が存在するのでしょうか。

【熊野川の河川敷に存在した集落】

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新宮市は和歌山県と三重県の県境にあり、両県の間には一級河川の熊野川が流れています。
熊野川の河口には河川敷が広がっており、現在は新宮市の花火大会や若者たちのBBQ会場として使用されています。

今では地域住民の集いの場所として親しまれているその河川敷に、江戸時代から昭和初期まで、釘を一切使用しない簡易建設の「川原家」と呼ばれる家でできた集落がありました。
この「川原家」が冒頭で紹介した「1時間で建てられる家」です。

このような河川敷に集落ができた理由は、この熊野川の河口が物流と商品取引の中心地だったためです。

スギなどの木材生産が盛んだった熊野エリアでは、山の上流から熊野川を使って木材を運び、河口(川原)の新宮で集散するという流通経路が確立されていました。また、生活物資を運ぶ小舟もすべてこの川原に着きました。更に、関東や東北から訪れた熊野三山(和歌山県南部にある、平安時代から信仰の場として参拝者が多く訪れていた、速玉大社・那智大社・本宮大社の総称)の参拝者や、三重県の人々は和歌山県内に入るためにこの河川敷を使用しました。宿屋・銭湯・飲食店など様々なお店が出ており、なんでも揃う場所として、当時の人々に認識され、大変賑わっていたそうです。

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【熊野川の大水とその対策】

熊野の地は昔から雨の多い地域でした。そのため、熊野川も年に5~6回は大水になったそうです。平成23年に発生した紀伊半島大水害は皆さんの記憶に新しいのではないでしょうか。その災害でも熊野川が氾濫し、大きな被害を出しました。昔から大水になり易い地域ということが分かります。

さて、商売の地として栄えた河川敷の集落「川原家」は熊野川が大水になった時、家の水没をどう回避していたのでしょうか。

その答えのキーになるのが、川原家が「1時間で建てられる家」であったことです。

川原家の人々は熊野川が大水になることが分かると、すぐに家を解体しました。そして近くの「上り家」と呼ばれるところへと運び、水が引くと再び元の場所へ戻り、家を組み立てたのです。

組立も解体も、素人が1~2時間でできるよう工夫されていました。年に何度も家の解体と組み立てをし、避難しないといけないとなると、川原家の住民が自分の手で簡単に扱えることが重要だったのです。

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【先人の知恵が活かされた川原家】

現在、河川敷には「川原家」は存在しません。
熊野大橋の開通以降、少しずつ川原家が減っていき、昭和20年代には完全になくなりました。日本において最後まで残った川原町がこの熊野川沿いの集落だったそうです。

大雨が降ると変貌する熊野川。時には大きな災害を起こし、人々の生活に支障を来すこともあります。しかし、いつもは穏やかに水が流れ、人々に癒しを与えます。河川敷に集落が存在した時代も、大水が起こる一方で、いつもは商売の地として人々に恩恵を与えてきました。自然の驚異があったとしても、「住み続ける」理由があるのです。

「住み続ける」ために、「川原家」という簡易建築を開発し、自然災害に巻き込まれないように先人は工夫していたのです。どうすれば自然と人間が共存できるのか、我々は先人から学ぶことが多いのではないでしょうか。

「災害を知り、備える」その意識を持つことが、自然と共存し、愛着ある地に「住み続ける」ためには大切なことだと思います。

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【現代の川原家】

先人のそのような知恵を後世に伝えようと、当時の川原家を再現して作られたのが「川原家横丁」です。当時のように河川敷には立っていませんが、熊野川河口のすぐそばにあり、地元高校生や観光客で賑わっています。当時はこのような風景が熊野川に沿ってずっと続いていたんですね。

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歴史を学び終え、川原家横丁で売られているみかんを購入しました。和歌山県はみかんの山地でもあります。「2袋で100円やで」と声をかけてくださった店員さんと話し、熊野という土地の歴史とそこに住む人の思いを胸に刻み、これからも防災に本気で取り組んで行きたいと思ったのでした。

ボタ山ってなぁに?

令和元年8月九州北部豪雨では、8月27日から佐賀県と福岡県、長崎県を中心とする九州北部で集中豪雨が発生し、武雄市では記録的な豪雨で広範囲に浸水などの被害が発生しました。杵島郡大町町では「ボタ山わんぱく公園」の斜面が崩落して県の現地調査が始まったというネットニュース記事を見かけました(9/3佐賀新聞)。

<令和元年九州北部豪雨概要(Wiki)はこちら>
https://ja.wikipedia.org/wiki/令和元年8月九州北部豪雨

子どもの頃の車中での父親の話しを思い出しました。

父親:『あれは「ボタ山」っていうんだ。鉱山を掘った土を捨ててできた人工の山だよ。木が生えて普通の山みたいに見えるけど、自然の山と違って地面が固くないところもあるから、登ったり遊んだりしては危ないよ。」

自分:「あれは?」
父親:『あれはボタ山~』

自分:「あっちは?」
父親:『あれは自然の山~。形をよく見てごらん・・・ボタ山の形は綺麗な三角形に近かっただろ?
人が積んでできたから綺麗な三角形に近いんだよ・・・』

うろ覚えな部分もありますが、飯塚市内のボタ山が見えるところでは、「どれがボタ山?クイズ」や、昔の炭鉱の話しなどを聞いた記憶があります。
私の家は大分市内にあり、実家がある古賀市(当時、粕屋郡古賀町)まで車でよく往復しました。当時は大分自動車道がなく、大分から国道10号線を別府、宇佐と抜け、行橋(ゆくはし)で内陸側に入って飯塚市付近を通って古賀へ向かったと思われます。トータルで4時間近くかかった記憶があります。

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こんなボタ山を見ながら話したと思います。<飯塚市 忠隈のぼた山GoogleEarthイメージ>

できた当時のボタ山(Wiki)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%BF%E5%B1%B1

佐賀の「ボタ山わんぱく公園」のボタ山も、炭鉱で採掘した石炭のカスを積み上げた山のようです。「ボタ山」が地図に載っていることも今回改めて知りました。崩れやすい地名として注意が必要かもしれません。

<佐賀のボタ山わんぱく公園について>
http://saga-port.com/2016/02/4273/

(スタッフM)

土砂災害防止啓発活動についてスリランカ国技術者との研修会を開催しました

9月5日(木)、国際協力機構(JICA)のプロジェクトにより来日したスリランカ行政災害管理省国家建築研究所(NBRO)職員5名の研修を受け入れました。

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JICAは、スリランカにおける土砂災害対策責任機関であるNBROの能力強化と、土砂災害発生リスクを低減させるため、2019年1月より「土砂災害リスク軽減のための非構造物対策強化プロジェクト」を実施しています。

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今回はその第一回本邦研修で、NBRO職員の皆さんは9月1日~14日までの2週間、日本に滞在し、東京や長野などで防災関係機関の研修を受けられます。
当センターは「土砂災害防止のめたの市民支援活動」というテーマで4日目の研修を担当しました。

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研修では

・日本の土砂災害と課題
・土砂災害の警戒避難対策
・防災学習/教育事例 等

について、模型や3Dシアターを使用しながら説明しました。

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模型や3Dシアターの実演は大いに盛り上がり、スリランカでも使用したいという声があがりました。

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NBRO職員の皆さんからは

・「土砂災害警戒情報」を出す基準は何で定義されているのか
・日本では住民が避難しない場合の責任は誰が負うのか 等

の質問があがり、日本とスリランカの防災の違いや、啓発活動の課題についてディスカッションしました。

宮城県仙台第一高等学校の生徒さんとの交流(今年で4回目)

7/12(金)に、宮城県仙台第一高等学校の生徒さん2年生4名が当センターに校外研修で訪れました。

当高校からの来訪は今年で4回目となりました。
同校は文部科学省の支援事業のスーパーサイエンスハイスクールの指定校です。

その一環として13の分野において課題研究に取り組み「災害」を選んだ4名が、約2時間の研修を受けに来られました。

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研修目的

「私たちは災害研究ゼミに所属し、砂防ダムによる防災面の効果とともに、環境面への影響について研究を行っており、
現在は、水路模型実験装置を自作し、砂防堰堤の種類によって流出土砂にどのような影響がでるかを調べることで、
環境への影響を議論できないかという研究を行っております。

今回は「未来に生かす砂防ダム」をテーマとし、研究に関連する内容を詳しく学びたいと思い、ご連絡させていただきました。

私たちは実際に土砂災害防止に関する研修会等に参加する機会がほとんどなかったので、
砂防事業全般の取り組みについてもお話を伺いたいと考えております。

主な質問事項
・砂防ダムの半透過型の種類やメリット・デメリットなどについて、詳しくお話を伺いたい
・砂防ダムに今求められていることについて
・砂防ダムによって起きる問題とその理由
・砂防ダムの高さの限界とその理由

生徒が考えた研究目的と研究の進捗・前日(7/11)に東京大学 堀田先生の特別講義を受講し分かったこと等を聞いて、
生徒の疑問点に答える形で説明を行いました。

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広島県(湯﨑知事)に砂防副読本1500冊、土砂災害防災ポケットガイド2000部を寄贈しました。

広島県におかれましては、7月の豪雨災害において、多数の尊い人命が失われたことに、県民および関係の皆様に対しお見舞い申し上げます。

最近の異常な豪雨では、日本列島全体に大きな爪痕が残され、また、災害の規模がどんどん大きくなっている状況です。

我が国の、豪雨を予測する観測精度は日に日に高まりを見せており、各種の気象情報や警戒情報は、国民に共有されております。

このような中、これらの情報を具体な避難行動に反映されているかについては、西日本豪雨災害をみると、「逃げ遅れ」による多くの犠牲者が出たことで示される結果となりました。

災害で被害者を出さないためには、一人ひとりの防災意識の向上と、地域の警戒避難体制の確立が、もっとも重要となります。

広島県内の地盤は、度重なる豪雨の影響を大きく受けており、いまだ土砂災害の危険は続いております。

県民の皆様は、土砂災害の恐ろしさを十分に認識されていることとは思いますが、土砂災害に備えるためにはある程度の知識が必要になります。

そこで、土砂災害の防災に関する基礎知識の向上、そして、予防に役立てていただきたく、土砂災害防止広報センターが発行する「砂防副読本」と、「ポケットガイド」を寄贈させていただきました。

 

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右 湯﨑英彦 広島県知事

【開催報告】牛伏川階段工完成100周年記念行事

土木・環境しなの技術支援センターHPより
http://www.ne.jp/asahi/tac/shinano/20181022-1.pdf

20181019日(金)
会場 松本市中央公民館(Ⅿウィング)
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会場は満席となりました。

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石積み砂防堰堤の保存に活躍されていている各地の皆さんから事業活動について紹介がされました。どの地域でも、活動を継続、継承する人材不足に課題を抱えていました。

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式典の様子です。

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長野県立歴史館の笹本正治館長による講演「災害と伝承」では、牛伏川(うしぶせがわ)と階段工直下に位置する牛伏寺(ごふくじ)の由来について紐解き、土砂災害との関係を解説されました。

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松本市立明善小学校の児童が、牛伏川と階段工について熱心に研究された成果が発表されました。

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先人が苦労した牛伏川の工事の歴史を語る、雪華(ゆきげ)の会による朗読劇「鶺鴒の女(せきれいのひと)」が上演され来場者の目を潤ませました。

京都府(西脇知事)に砂防副読本1000冊を寄贈しました。

京都府では、6月の地震に加えて、前線や度重なる台風による豪雨で地盤への影響を大きく受けており、土砂災害がいつ発生してもおかしくない状態と言えます。そこで、土砂災害防止広報センターが発行する砂防副読本を、土砂災害の防災に関する知識の向上と予防のため、特には「逃げ遅れ」とならないための住民意識向上のため、府民及び関係者の皆様に配布していただき役立てていただきたいと思います。

京都府ホームページ「知事室トピックス」より
http://www.pref.kyoto.jp/chiji/index.html

砂防副読本の寄贈
9月5日、NPO法人土砂災害防止広報センターの山本賢一郎理事長が、砂防副読本「土砂災害から命をまもる」1,000部を寄贈するため、府庁を訪問されました。山本理事長は「土砂災害の防災に関する基礎知識の向上、そして予防に役立ててほしい」と述べ、西脇知事は「一人ひとりが、自分の命をどのように守るのかという意識を持つために、知識は重要」と応じました。

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今回寄贈された副読本は、府内の市町村などにも配布され、住民の土砂災害に対する防災意識を高めるために活用されます。

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左から、監事 花井幸二、西脇隆俊 京都府知事、理事長 山本賢一郎、木寺信男 京都府建設交通部砂防課長

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砂防副読本贈呈の挨拶を申し上げました。


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西脇知事からは、7月の豪雨災害時に府民の実避難者が0.6%と低調であったことから住民の防災意識を向上させることが非常に大事であるとともに、避難を呼びかける際の用語もわかりやすいものにしなければならないことを強調されました。そのうえで砂防副読本を活用してまいりたいとのお言葉を頂戴しました。


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前日9/4には台風21号により京都府内全域に被害がありました。度重なる被災に対しお見舞い申し上げます。

3Dシアター出展報告(天竜川上流河川事務所):フェスティバルin与田切2018

平成30818日(土)に長野県飯島町にある与田切川(天竜川支流)公園で、
フェスティバルin与田切2018が開催され、国土交通省天竜川上流河川事務所により
「3Dシアター」が出展されました。
会場では、川や水に親しみやすくするための多くの親子向け体験学習等の催しものが展開され今年も活気溢れる行事となりました。
「3Dシアター」では、開催時間約5時間(10001500)で延べ494名が土砂災害啓発映像(3作品)を視聴されました。土砂災害がどんなものであるか、警戒避難の必要性、土石流対策やがけ崩れの現象と対策について学習できたと思います。

フェスティバルin与田切における、3Ⅾシアターの過去の入室数です。
※同じ人が繰り返し視聴した場合も累計として算出しています。

日付

大人 子供

計(人数)

平成30818

198 296 494

平成29819

208

390

598

平成28820

259 467

736

平成27823

181 484 665
平成24825 165 267

432

平成19818 138 260

398

平成18819 146 313

459

 

◆ 視聴者の主な感想
・各地で土砂災害が多くあるので映像を見てとても勉強になった。(女性)
・昨年も子供たちと一緒に3Dシアターに来た。(男性)
・(防災を)楽しく学べると感じている。(女性)
・この地域に降る大雨は土砂災害が心配。(女性)
・面白かった。(多数)
・怖かった。(多数)

 

◇ 写真
Dシアター

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土石流実演装置

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