赤木先生の信念というのは、結局、砂防予算を必死になってとってきたから、それは一文も無駄遣い しちゃいけない。全部有効に使うべきである。そこで、設計施工ということに対しては、これは効率 的な設計施工でなきゃいけない。だから、内務省にいらっしゃったときは、全部自分で設計を見た。 全国から設計書を集めて、赤鉛筆でここはもっと高くしろ、ここはもう少しダムを入れろと、全部計 画を検討されたんです。全国の県から設計書をもって来させましてね。(矢野館長)
![]() 昭和3年ダム構築箇所 |
![]() 昭和7年 |
![]() 昭和10年 |
![]() 現在 |
![]() 基礎部打設バイパス他仮設状況 昭和11年 |
![]() 施工状況 昭和12年 |
![]() 現在 |
![]() 山腹工施工後1年目の再度山 明治37年 |
![]() 施工後1年目 大正2年 赤木正雄が入省する前年の状況である |
![]() 現在 |
![]() 昭和初期 |
![]() 現在 |
![]() 全国治水砂防協会会長・末次信正 (海軍大将)、理事・赤木正雄 昭和17年5月視察 |
![]() 昭和29年(当時参議院議員)、 宮城県視察。写真提供:宮城県 |
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