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土砂災害防災のフィールド
ネットワークで繋がろう、広げよう

~言葉はわかりやすく、つくる輪は親しみやすく~

一般の方々に、土砂災害とその対策について理解していただくこと、またその理解を通じて防災意識を醸成・維持していただくことは、簡単なことではありません。私たちが砂防の広報に携わって30年以上、これまでに培った経験と知識を多面的に活かし、様々な活動の支援や資機材の提供を行います。

砂防フィールド
コミュニティ

スタッフの取材記録などを交えつつ、土砂災害を克服してきた各地の活動紹介や情報提供を行っております。
この場を通じて新しい発見や様々な交流が生まれることができれば幸いです。

2012年6月 記事一覧

5/21、ついに金環日食を見た!

この日は6時過ぎに出勤したところすでに2人がバリバリ仕事をしていた。日食を見に行かないと言う2人をおいて、当センター目前の隅田川に架かる清洲橋から撮影しようと出かけたらご覧のような(写真)人だかり、朝から2度びっくりした日であった。肝心の金環日食は、フィルターを着けず撮れた奇跡の1枚となった。

以上〈K.Y〉

5/14、美しき山古志(新潟県長岡市)

◆本日のベストショット
震災の谷(山古志トンネルの横)の向こうに棚田越しの越後三山が見えた。越後駒ヶ岳(左)・中ノ岳(中央)・八海山(右)、雪がとけて草木が鬱蒼とする前のほんのわずかなこの時期、いろいろなモノが見えてくる。絶景と感動、そして仕事のアイデアは涌く・・・か

◆山古志で幻のサクラを愛でる
新潟県長岡市山古志支所の裏に大事に育てられている「八重山古志」が満開であった。この桜は、新潟県中越地震(04年10月)で消滅したと考えられていた新種の桜を、園芸愛好家らの間で栽培され震災から4年後に旧村全505世帯に苗が寄贈されたという。復興で努力し続けているこの地域が、幻のサクラの並木に観光客が埋めつくす姿を想像しながら砂防施設の現況を見て廻った。天気も心も快晴であった。

以上〈K.Y〉

松之山の江戸時代の地すべり対策隧道が現存!

《新潟県十日町市松之山エリア》

新潟県十日町市、松之山エリア(旧松之山町)は、日本三大薬湯松之山温泉で知られ、古くからの歴史のある山里です。地すべりと共生してきた地でもあります。
地すべりを止めるために人柱になったモクベエさんの伝説も伝わります。


大きな地図で見る

《中尾地区》

中尾地区は松之山エリアの南部に位置して、中尾川に向かう地すべり地形を成し、斜面に棚田が広がり家々が点在しています。
東日本大震災と連動するように発生した栄村大震災(長野・新潟県境、最大震度6強の地震)で中尾地区にも大きな被害が出たそうです。そこに新潟・福島豪雨とこの春の融雪による土砂災害が重なり、文化財が破壊され、26戸あった住宅が16戸に減ってしまいました。現在も避難生活をされている方があるとのことでした。

 

《大伴家持ゆかりの地》  

中尾地区は、謡曲や長唄によって全国に紹介されている「松山鏡」の発祥の地とされています。
伝説によると――
“「万葉集」の歌人大伴家持が、蝦夷征伐失敗の罪で追われ、この地に隠棲した。やがて土地の女との間に京子という娘を授かる。しかし母親は病で亡くなり、京子は継母となった女に折檻される。母の形見の鏡を胸に抱き池の畔で泣いていた京子は、鏡のような水面に悲しげな母の姿を見た。そして、それが自分の姿とも知らずに「お母さん!」と叫びながら池に飛び込んでしまう。いつしかその池は「鏡ヶ池」と呼ばれるようになった。” (十日町市松之山・浦田地域ポータルサイトから抜粋)
鏡ヶ池は長い間に数度の地すべりのため変容し、様子を変えてしまいましたが、「松山鏡」を後世に伝えるため、昭和61年に「鏡ヶ池公園」として造成されています。

 

《歴史的な地すべり対策 》 

中尾地区には特筆すべき歴史がもう一つあります。“新潟の地すべり98”という本に次のように記されています。
「天保元年(1830年)に中尾集落を中尾川に押し流す地すべりが発生し、約50戸の人家が壊滅した。地元民は惣代利平の指揮のもとに団結して復興に取り組むとともに、自力で地すべり再発防止のための工事を行った。中尾川対岸の岩盤中(西山層砂岩)に捷水隧道を掘削し、この中に川水を通して、河床の洗掘低下による地すべり誘発の防止や土堰堤を築造する等、天保時代としては驚異的な高度な工法を創造している。
また、人家や土蔵の周囲にも松丸太による杭打工を行っており、これらの工法は明治時代にも引き継がれて行われた。」
“日本砂防誌”には、その隧道の一部が現存すると書かれていました。

図と表は“新潟の地すべり98”より

 

《現地調査》  

そこで、松之山エリア在住で地域づくりを引っ張ってこられた相沢さんにお話ししたところ、中尾地区で心当たりの方があるので、一緒に見にいこうということになりました。
5月23日、雪解けで草が生い茂る前の、一年で一番現場を確認しやすい時期に行ってみました。
まず、川に最も近い住宅(屋号吉池)の高橋平八郎さんにお聞きしてみようということになりました。松之山町会議員を長くお務めになった高橋さんの話によると、2代前、お祖父さんの名前が利平さんだったそうです。地すべり対策工事の中心人物と同じお名前です。年代が違うので代々お名前を継いできたのかも知れません。
その後、長靴に履き替えて川へと下りました。

右から中尾地区の樋口一次さん、高橋平八郎さん、小谷地区の相沢正平さん、地域起こし協力隊の森山克弘さん

川に近づくともう洞穴が見えてきました。天保時代の隧道と思われます。現在の川より5mほど高い位置にあります。

川にはまだ残雪がありました。すぐ上流では地震と融雪が原因と見られる崩壊が発生し、対策工事が始まっています。

さっきの隧道より数十メートル上流で川とほぼ同じ高さに、別の隧道がありました。 雪と土砂で川底が上がっているため、水は大部分がこの隧道を流れています。これがなければ土砂ダムになっていたかもしれません。

どこまで行けるか興味は湧きましたが、今回は奥まで入ることは断念しました。

横壁にも穴があり、浸食が進む懸念があります。 大切な地域の歴史の証拠ですから、映像で記録を残し、継承すべきと思いました。

 

《今後の課題》  

この隧道の存在は2つの本に書かれていましたが、詳しいことがわかりません。出典資料の古文書などを探して確認し、地域の皆さんにも地すべり対策を行った先人のことを知って伝えていただくようにお手伝いが必要と感じました。
また、現場の詳しい調査や必要に応じて保護なども検討するべきではないかと思いました。
なお、江戸時代に地すべり対策でつくられた隧道は南魚沼市後山にもあります。

◆『米どころ後山の昔をたどる』〔9分55秒〕

以上(NK)

丈ケ山(たけのやま)ファンクラブ

「寺野の歴史を語る会」は、「丈ケ山ファンクラブ」と改名されました。
https://sanahiro2.wixsite.com/takenoyama
takenoyama

◆はじめに
私は「寺野の歴史を語る会」の会長です。6月1日からは板倉地すべり資料館の館長を申しつかりました。
リニューアルされた板倉地すべり資料館が好評です。
猿供養寺へどうぞお越し下さい。

◇資料館を紹介する上越市のホームページ
http://www.city.joetsu.niigata.jp/soshiki/itakura-ku/itakura-ss-05.html

◇展示内容等を紹介する新潟県ホームページ
http://www.pref.niigata.lg.jp/jouetsu_sabou/museum.html

 

◆地すべり資料館
リニューアルされて、子供向けのわかりやすい展示になりました。
学校や集団の視察には、新潟県妙高砂防事務所の職員の方が来て詳しく解説します。
昨年11月のオープニング後は、雪の積もった冬場も学校の子供達の見学が多くありました。
大人の来館者も増え、工夫を凝らした手作りの展示を熱心に見ています。
5月29日には泉田新潟県知事が来館され、予定では滞在時間20分の所、1時間ほどかけて、映像や実験などを熱心にご覧になっていました。

 

◆「寺野の歴史を語る会」と丈ヶ山(たけのやま)の整備
猿供養寺集落の背後に、山頂から麓にかけて、樹木の生えていない奇妙な小高い山が見えます。
この山が標高571.6mの丈ヶ山(たけのやま)です。

丈ヶ山と猿供養寺地すべり

丈ヶ山からの眺望

 

昔々、この地域は山寺三千坊と言われ、5つのお寺が周辺にあったと言われています。あ
「寺野の歴史を語る会」は、上越市板倉区寺野地区のくらしや地すべりに関する言い伝えと、謎に包まれた歴史にロマンを感じ、楽しみながら謎に迫っていこうと、平成16年に発足しました。
発足後、「一度くらい丈ヶ山の山頂に登り、山頂から自分たちの住む集落を眺めてみたい」という話が持ち上がり、会員数人で山頂を目指しました。
その時は竹藪と雑木が生い茂り、とても下界を見下ろすという状況ではありませんでした。
竹藪を2年がかりで刈り取ったところ、山頂からの眺めはすばらしく、妙高山・高田平野・日本海の大パノラマが満喫でき、県内県外の人たちにも素晴らしい眺めを紹介したいということになり、登山道の整備を始めました。

この冬は大雪で、しかも例年にない重い雪だったため多くの木が折れ、雪消えも遅く、丈ヶ山周辺散策道での倒木の片付けにはかなり時間がかかりそうですが、がんばって取り組みます。
登山ルートは3本あり、一歩一歩整備を進めています。今年は林道ルートの山頂近くの駐車場整備(できれば舗装など)や駐車場から山頂までの階段整備をしたいと考えています。(写真は昨年のスナップです。)

 

◆猿供養寺砂防フィールドミュージアム
歴史ある寺野地区ですが、くらしも文化も「地すべり」という自然がさまざまな形で関わっています。
土地の自然、暮らしぶり、防災の知恵、歴史文化などがまるごと野外博物館の展示物として、地域振興と防災に役立てようという考えが、猿供養寺砂防フィールドミュージアムです。

地すべり資料館と人柱供養堂

昨年の地すべり資料館リニューアルに合わせ、NPO法人砂防広報センターの協力によって、パンフレットができあがりました。

◇猿供養寺砂防フィールドミュージアムパンフレット
http://www.sabopc.or.jp/images/sarukuyou/panf.pdf

今年は人柱供養堂のパンフレットを作りたいと考えています。